2016年12月31日

喪中につき年末年始の御挨拶をご遠慮申し上げます

「プロジェクト再会はぼちぼちと」
ぼちぼちと、ぼちぼちとと言っているウチに、気がつけば何も出来ないままに今年も終わろうとしています。
今年は父を亡くした他、戦友とも言うべき親しい友人の早すぎる彼岸への旅立ちも見送り、正直、精神的にもちょっとハコノナカミ関係に手を出す余裕がありませんでした。
とはいえ、何も発しなければ何も受け取る事は能わないわけであり。
わずかでも覗きに来ていただいている方々にとってはただただ完全放置の無更新状態であったことには変わりなく、大変失礼をいたしました。
まぁ、プラス言い訳をいたしますと、公私の生活が目まぐるしく過ぎていき、なかなか集中して作業をする時間というのがとれず、一番やりたいカエルTプロジェクトやら、ラクガキやらが出来なかったということもあったりするんですが……まぁ、これは純粋に言い訳ですね。
「時間はつくるもの」
時間は常に1日24時間不変なもの。大事なのは使用できる時間を確保するためのスケジューリング。
来年はがんばろう。
がんばろう、がんばろう
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2016年06月23日

本日お誕生日なのですが

今日は恥ずかしながら私がこの世に誕生した日なのですが、我が家にお祝いムードはありません。
・・・誰だ、寂しい存在だとか言ってるのは!
寂しい存在というのはあながち間違ってはいないかもですが、ウチの家族はそれほど冷たくもありません。
理由はひとつ。喪中なんです。

去る6月1日の夕刻。私の実父が永眠いたしました。

ここをちょくちょく覗いてくださってる方はピンとくるかもですが、そうです昨年11月13日の記事にも書かせていただいています、昨年夏生死を彷徨いながらも奇跡的に回復して命を繋いだ、あの父親です。

病気としては「脂肪肉腫」というもので、言わば皮下組織にできる癌。これが出来ては手術し、出来ては手術しを繰り返していたのですが、とうとう昨年手術できない状態となり、腸を押しつぶすような形で腫瘍が肥大化。もう食物摂取もできなくなり、衰弱死が先か腸閉塞が先か、どちらにしろもう秒読み・・・とか思ってたら晴天の霹靂、外科部長の一言「これ、苦しいでしょう。取ってしまったら楽なるよ」
あれ?手術できないんじゃなかったの?
どうやら、担当医的には危険な手術の上、取ったからといって治るわけでもなく、癒着の状態等によっては腹を開けても何もできない可能性もあるとのことで、それまでは手術を選択しなかったようなのだけれども、邪魔なものがどんどん大きくなっていって現在進行形で苦しんでる本人としては、楽になる可能性があるなら手術を望むわな。それで死んだとしても本人的には楽になるし(本人談)
そんなわけで、いざ手術を終えてみると、医者曰く「考えられる範囲で最大限に理想的な状態」「奇跡的な回復」で、邪魔になってた腫瘍のほぼ全てを除去の上、退院後は焼肉食うわ自分で歩いて散歩するわ、当人や家族の覚悟はなんだったんだろうというくらいに回復しておりました。
このまま、5年10年と長生きしたりしてなー
とか、どっかで思ってたんですがね。
今年の春を迎えた頃、「なんか腰が痛いや」突然の不調。ここからが早かった。
すでに蝕んでいた病の影。脂肪肉腫が第10胸椎という背骨の部分に転移していたようで、すでにボロボロの状態。動くたびに破壊して行っているような状態で、このままだとそれが原因で隣接する胸椎に転移の可能性が出てくるから、コルセットで固定を〜とか言ってた2日後には立っているのが苦痛なほど痛みが強まり、退院後1年の経過を待たずして再びの入院生活。さらに脂肪肉腫の再発の発見、胸椎からの痛みの増大、肺への転移、そして。

余命1ヶ月の宣告。

通常の病院としてできることがなくなり、早々に緩和ケアの病院へ転院できたのは幸運だったと思う。
転院してからは、環境が良かったのか薬が合ったのか、嘘のように痛みが引いたらしく。すでにまともな食事は摂れない状態だったが、ごくごく少量であれば食べることができていたので、あれが食べたいこれが食べたいとワガママ放題。しかし1日1日、細く弱くなっていく父の姿。通いではあったものの付きっきりであった母は、本当に辛かっただろうな。
病院から比較的近かったこともあり、ほぼ毎日お見舞いに行った。
途中娘の、父から見れば孫の運動会があって、撮影したビデオを持ってその日のうちに病室で披露。ほんとのところ、見るのはしんどかったと思う。
しかし帰り際、父が振り絞るように、然りとてしっかりと力強い声で、孫娘に「お前は可愛いなぁ」と呼び掛けた。
父の肉声としての言葉は、これが最後だった。
翌日からは完全に声が出なくなり、けれども筆談でコミュニケーションは取っていたんだよ。
最期の日もそう、昼過ぎまで、ゆっくりではあるものの、筆談で冗談を言ったりもしていたと母親から聞いている。
母が気がついたのは午後5時すぎ。
元々病院に向かっていた私は、電車の乗り換えの駅でその電話を受けた。

「寝ていたと思っていたお父さんの目が、薄っすらと開いたままになっている。息もしていない。」

この後、駆けつけた病室はすでに灯りを落とされており、ダウンライトの柔らかい光だけが、横たわる父と、傍に座る母の姿を浮き上がらせていた。

父は享年80歳。病気だったとは言え、大往生と言ってもいいだろう。痛い苦しいが続いていた昨年の夏と打って変わって、穏やかな気持ちで、激しい痛みや苦しみは無く、最期を迎えられた。もう駄目、死を待つばかりと言われてから、1年近くもさしたる不自由も無く暮らせもした。死を覚悟できてからの継続の約1年。なんだかんだで父は幸せな人生の幕引きをしたと、私は思っています。

んでもって父の葬儀からこっち、なんじゃかんじゃ申請だー手続きだーと、実家や役所やを駆け回って、先日ようやく粗方一段落。あとは7月19日の四十九日まで喪に服すとともに、親父の冥土への旅路の無事を祈らんとね。
そんなわけで、プロジェクト再開はぼちぼちと。
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2016年02月29日

ApplePencil試し描きとその感想

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なんだかんだで御無沙汰しております。
遅くなりましたが、ApplePencilでの試し描きをアップさせて頂きました。
前回のiPadPro試し描きと同様、描き様をYouTubeの方にもアップしておりますので、お目汚しではございますが、覗いていただければ幸いです。



ApplePencil、いやぁ、度肝抜かれました。
筆圧や傾きの感知は前評判やら他の方々のレビュー等で伺っていたのですが、それ以上に驚いたのはペン先の接地の感触とその描き味。
パソコンでのお絵描きは専らワコムのペンタブレットを使用していたので、スタイラス系のペンの描き味というものはよーく知っている。硬いガラス面に硬いプラスチックのペン先が当たり「カツッカツッ」と音を立て、軋むようにペン先をこすりつけながら線を描く。その感触は鉛筆ともインクペンとも違い、それを頭の中で「描く」という行為に類するものとして認識するまでに、結構な時間が必要でした。
ApplePencilもまたペン先は硬いプラスチック(だと思う)。
だがしかし、ApplePencilがiPadProの画面に接触し、線を描いた際に私の手が感じ取ったのは「紙と鉛筆」のそれに近いものでした。
何がどうなっているのか、おそらくは筆圧等の強弱を感知するための抵抗値を測定するための、もしくは私が感じたこの感触を生むためのバネ状か何だかの機構。
センサーや、ペン先の接地位置と描画位置の誤差がほぼゼロということ以上に、「描いている」という感覚という実にアナログな部分を再現しているところに、驚かされました。
あえて言いましょう。十万超のiPadPro、1万超のApplePencil。実に安い、お買い得な買い物でした。
これはとても優れた画材です。
ラベル:iPadPro ApplePencil
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2016年01月15日

バルス!

rakugaki005.png
いや、すいません、タイミング的にあれでしたもんで。
遅まきながらの新年1発目、皆様あけましておめでとうございます。
正月の挨拶はともかく、冒頭のあれは最早日本の風物詩だからしょうがないですよね?

年明け早々やれ仕事だ宴会だーやれ個人的受注だとばたばたしてあってきたところに、やって来ましたよ私の下にもあの石が。
その石は、いつも突然やって来る。旧き名や言葉と共に代々受け継がれてきたわけでもなく、女の子と共に空から舞い降りてきたわけでもない。
『その石、大いなる痛みを伴い、要たる臓腑の底より顕れる』
眠りより覚めた石は、全ての流れを塞き止めながら、身体に痛みを喚起させ、その姿を眼下に顕わにするまでの間、この世に居ながらにして地獄を味わい続ける事になる。

そう、約5年ぶりに私の下にやってきた石の名は「尿路結石」。
空飛ぶ青いやつとはエラい違いだ。
経験した事のある方なら、分かってもらえると思う。
滅びの言葉は、この石のためにこそ在って欲しい。
今、万感の思いを込めて、



バルス!

posted by ハコ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

出遅れ感半端ねぇ〜Apple pencil到着

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Twitter見ていただいている方は既にあれですが。去る12月12日、ついにお待ちかねのApple pencilが我が家に届きました!
しかし、間の悪い事にその日は仕事後飲み会でべろんべろんに酔ってしまい、開封そのものを断念。リンゴペンとのお目見えは翌日13日に持ち越すことになりました。
試し描きやら描き味についてはまた次の機会ということで、とりあえず中身の紹介を。
といっても、もうすでにいろんな所であげられていることですので、まぁ簡単にね。
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箱明けて入っていたのは何カ国語かで書かれた簡単な説明書と、リンゴペンの交換用ペン先と充電用アダプタ。
スタイラスのペン先は消耗品だから、とりあえず1つでも取り替え用がつけてくれているというのは嬉しいですね。
既にいろんなところで紹介されていますが、リンゴペンのお尻のフタを外すとLightningケーブルのオスが現れて、これをiPad Proのケーブル差し込み口にぶっさせばペンが充電されるというシロモノ。
充電用アダプタというのは、両端がLightning端子のメス、つまり差し込み口になっていて、これをリンゴペンの端子にハメれば、通常のオス端子のついた充電器のケーブルで充電できるというものなのですよ!
なんか回りくどい様な気もしますが、リンゴペンの通常の充電方法をiPadに接続する事で行うという方法をとったのはすなわち「本体以外の機器の充電の為に、わざわざ本体用以外の充電用機材を容易する必要がない」という意味では、すっげえ無駄を省いたスマートな方法と言える気がする。
実際のとこは、これから使って行かないとわからんですけどね。
ただ、アダプタはどうも無くしそう。
せめてどっかくっつけたり出来るように、マグネットとか仕込んで欲しかったなぁ。
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リンゴペンそのものは、流石アップルさん、シンプルながらも洗練されたデザインで、しかもしっかりした作り。
握りとしても「鉛筆感」の高い、おそらくは誰が持っても「握りやすい」ちょうどいい細さ。
個人的な握りやすさに特化させるのであれば、どっかのサイトでも紹介してましたが、鉛筆とかにつけるグリップキャップ的なものをつければよいのかな。
重心は若干お尻よりな為か、ペン自体は軽く感じるね。
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お尻のキャップを外せば、Lightningオス端子が姿を現す。
このキャップはマグネット仕込んでるので、気がついたら取れて無くなってましたーっていうのは、とりあえず無さそうで一安心。
っていうかアップルさん、端子差し込み口やらアダプタやら、端子関係は全てマグネット仕込んどいてくれませんかね。
ちょっとした配慮が嬉しかったのは、キャップの中身が、端子がさくっとハマるような形状になってること。空間があればどうしてもズレちゃうことがあるし、そうなれば如何にマグネットで吸着してるとは言え、外れて無くなってしまう原因になるからねぇ。

そんなわけで、リンゴペン触った感想としては、非常に満足ですね。
さあさあ、次は実際の描画ツールとしての実力ですね。
なんか描こーっと。
posted by ハコ at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする